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F1レーサー
片山右京の名を冠して
本格焼酎「右京」。そのネーミングの裏には、片山右京氏と私たちY2YYとの長年の交流がありました。1988年のF3000初参戦から右京氏を撮影。以来、戦いの舞台を日本から世界に拡げ、F1、ルマン24時間レースと挑戦を続ける右京氏を追い続けてきました。私たちがレンズを通してサーキットでみたもの、それは、そのアグレッシブな走りから、いつしか「カミカゼ右京」の通り名を獲得する、レーシングドライバー片山右京の生き様でした。

2004年のチャリティイベント第1回「夢のかけ橋プロジェクト」では、右京氏にメインゲストとして参加いただきました。イベントでは、当初Y2が撮りためたアイルトン・セナの秘蔵映像をもとに、セナのメッセージや夢に向かって挑戦し続ける姿を子供たちに伝える予定でした。しかし、開催直前に権利の問題が発生し、映像の上映が不可能に。この時、急きょゲスト出演をお願いしたのが片山右京氏だったのです。子供たちの熱気溢れる質問に真剣に応える右京氏。複雑な環境で育った子供たちの、それを感じさせない笑顔に見送られ会場を後にした右京氏は、鹿児島から次の現場である仙台へ向かう道すがら、自分のあまりの無力さにずっと涙をとめられなかったといいます。そしてこの日の子供たちとの心のふれあいが、本格的にチャリティ活動に足を踏み出すきっかけになったと。
右京氏は、2007年1月、アフリカの砂漠を舞台にする過酷なレース「パリ・ダカールラリー2007」に、使用済み天ぷら油をリサイクルしたバイオフューエル100%のマシンで参加、見事完走を果たしました。右京氏のこの挑戦は、「夢のかけ橋プロジェクト」から広がったものでした。バイオ燃料車による世界初の耐久レース参戦となった2005年の「エコレーシングプロジェクト」。山田百合子は、チーム監督をつとめた松本恵二氏から相談を受け右京氏の同プロジェクトへの参加をアレンジ。スーパーバイザーとして参加したトムスの舘信秀氏をはじめ、親交の厚いレース界の方々とともにチームのレース参戦をサポートしました。同プロジェクトにも、パリ・ダカールラリーにも、大阪の多くの学生たちが参加。2008年以降も、彼らの夢を乗せ、環境問題を全世界に訴えることを目的に参戦が決定しています。「子供たちの未来を応援する、口で言うのは簡単だけど実際にやってる人は少ない。山田百合子さんの夢のかけ橋プロジェクトにゲストとして参加したことで、いま僕自身いろんな形で夢が広がっています」(右京氏)。
本格焼酎「右京」誕生のきっかけは、2005年山田百合子のブラジル セナ財団訪問でした。財団本部でセナグッズの数々を目にした山田は、故郷鹿児島の薩摩芋焼酎を自社でプロデュースし、その収益の一部をチャリティ活動の運 営資金に充てるというアイデアを実行に移します。そして、オリジナルブランドに「右京」の名を冠することを右京氏に相談、右京氏から快諾をいただいたのです。
2007年春、鹿児島での第4回「夢のかけ橋プロジェクト」の翌日、山田と右京氏はいちき串木野市まで足を伸ばし、山田の知人の蔵元、M田酒造を訪ねます。本格焼酎「右京」プロジェクトは、このとき具体的に動きはじめました。
片山右京さんプロフィール
20歳で4輪レースデビュー。“カミカゼ右京”と呼ばれ、日本人3人目のF1ドライバーとして、1992年から1997年まで活躍。現在は冒険家としても活動し、ヒマラヤ山脈登頂、天ぷら油でのパリ・ダカールラリー完走など、新たな挑戦を続けている。またボランティア活動も積極的に行っている。







